まあるい生活

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読書日記:ここじゃない世界に行きたかった(塩谷舞)

2022.10月追記して再掲

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何がきっかけだったか忘れてしまったが、著者のTwitterをフォローしていた。有料note を購読していたことがある。センスの良さもさることながら、正直なひとだなという印象だった。それは本書読了後も変わらない。

彼女が処女作を出すと聞いたのが昨年で、気になっていながらも手に取る時間ができたのは年明けだった。

 

『ここじゃない世界に行きたかった』というタイトル通りの想いを、私もずっと持っていた。今も少しある。

 

でもコロナがやって来てからの2年間、特に父が倒れてから、私は今、自分がいる場所で、自分が直面している現実に目を向けるしかないのだと、それが最優先なのだと、理解するようになった。

 

コロナと父の介護という未知の体験をするなかで、今の状況はアレに似ているなぁと、ふと思った。アレとは2009年に行った3ヶ月のひとり旅だ。

 

ひとり旅とは極言すれば判断の連続である。旅のスケジュールから何から何まで自分で決めないと夜眠るところすらない。特にその時はできるだけ多くの街を自分の足で歩くのが目的だったので、その日に泊まるホテルすらその日に歩いて探して決めるという旅をしていた。

 

日本に帰る日は決めてあった。帰国の飛行機の中で、人生は旅だ、と思った。日本には帰るけれど私の旅は続くのだと。常に行き先を決めるのは自分。

 

10年経った。いつのまにかそんな想いも忘れて、もう少し遠く、広くて風通しの良いところに行きたいと思うようになっていた。パートナーと共にNYに旅立った著者が少し羨ましかった。

 

父の状況が落ち着いてきた頃、わずかながら気持ちと時間の余裕ができた私は、荒れ果てた自分の部屋と日々の暮らしを振り返り、ほんの少しでも”美しさ”を取り入れることが必要だ、と思った。

 

生活の中の美の欲求は、今のエコ的な活動につながっている。私にとって、プラスチックやごみを減らすことは、美しさや心地よさを求める通過点である。

 

著者が、日本語の通じない、友人もいない、コロナ禍のNYで、部屋に閉じこもるうちにモノの話し声が聞こえるようになった、と語るのも、あながち彼女だけの特殊な体験ではないだろう。著者はインテリアなどに興味のあるタイプの人だったから、そこに回路が開いたのであって、私の周囲では、ライフスタイルの見直しや身近な環境や社会の問題に目を向けるようになった人が増えた。新型ウイルスは、今まで見えていなかったもの/ことに対してチャンネルを開かせるトリガーをも運んできたのではないだろうか。

 

本書では、日本を出て ”ここじゃない世界” で暮らし始めてから体験したこと、感じたことが30代女性(*1)のみずみずしい視点で描かれている。テーマは、コロナに振り回されるNYの日々や、パートナーとの暮らし、人種差別や環境問題、言語や感性、仕事についてなど多岐にわたるが、物見遊山的ではなく、自分事として捉えられている。(むしろ、それらを通して自分の考え方を表現したいというスタンスである)

ここじゃない世界も、そこで暮らし始めた日から日常生活の舞台であり、夢の中でも、おとぎ話の中でもない。しかし、そこに起きる出来事から何かを理解しようとし、美しさを見出そうとする彼女の視線が好きだ。

 

本書を手にして ”私はずっと日本にいて、コロナと父の介護という厳しい現実に立ち向かってきたけれど、この2年間は、私にとっての『ここじゃない世界』だったのかもしれない”と思う。

 

幾つもの共感する想いを手帳に書き写しながら、目の前にあるモノやヒトや現実を見て、理解して、自分で判断することの繰り返しから、美しさは生まれるのだというメッセージを受け取っている。彼女が美しいとしたら、彼女の部屋が美しいとしたら、彼女の文章が美しいとしたら、それは、彼女が真摯に自分に向き合ってきたからだ。

 

マンボウの延長で、少しだけ時間ができた。本を読み、自分に問う、そんな旅をもう少し続けたい。

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2022.10.31 終わったかと言えば、終わってはいない・・でも、街はだいぶ賑わいを取り戻してきており、韓国の繁華街での将棋倒しなど反動ともいえる事件も起こっている。コロナ前に自分に戻ってしまわないように抗い続ける自分がいる。少々疲れてもいる。いやだいぶ疲れている。そろそろ何かを手放さないといけないと思っているが、もう若くは無いんだし、という自分と、もう若くないから早く決めないと、という自分がいる。

*1:今時、女性だから、30代だからという言い方は差別的表現、偏見を含んだ表現とされてしまうかもしれないが、私も経てきた30代女性という年代に共感をもって書いている。ある程度社会経験もあるオトナ、でも未知の経験や未来を新鮮な気持ちで味わえる年代。30代には30代でしか味わえない感情があると思う。これらを上手に文章に織り込めるような腕があればいいのだけど。