まあるい生活

コンポストと暮らす

グリーン・コミュニティの未来へ(シンポジウムを聞きに行ってきました)

(下書き保存で放置していたため、だいぶ前の話題になります)
世田谷区で行われたシンポジウム「グリーン・コミュニケーションの未来へ~街の小さなみどりを市民の手で共治しよう!~」に行ってきました。

住民が地域の中の小さな公共スペース(マイクロ・コモンズ)の管理に関わっていくこと(グリーづくり)が、地域のコミュニティとグリーンインフラの強化につながる、という趣旨のお話と事例紹介でした。

基調講演の涌井史郎氏(東京都市大学特別教授)から素晴らしく、まず、”人類は他の生態系の存在無しでは成り立たない”とおっしゃり、地球環境の危機は人類の持続的未来への危惧だとして、今後の世界は自然共生型文明へ向かうべきと指摘されました。

本当に、某国首相や都知事の耳元で100回聞かせたい!

住民が身近で小さな公共の緑地を共同で管理、整備することが自然共生型文明、エゴロジーではなくエコロジーな社会を作る第一歩であるとし、その実践が世田谷区で始まっています。

 

都市部でのグリーンインフラの強化は喫緊の課題であり、個人的にも、そして杉並区民としても、とても共感のもてるお話。

世田谷ポートランド都市文化交流協会と世田谷区の協働事業の紹介というイベントだったのですが、あれ?ポートランドといえばコンポスト学校同期のSちゃんが、人々が生き生きと暮らす街、人と人が温かく交流する街であり、自身のカフェもそういう場にしたいと言っていたあの街だよな~と。

講演の中でも、ポートランドは森の中に街があるようなところで、街の主人公は住民であるという意識が強いところであると紹介されていました。きっと、Sちゃんがお手本にしたいと感じた人々の暮らし方もそういった意識から生み出されたものではないかと思います。

身近な小さい緑地を皆で管理することでコミュニティが強化されウエルビーイングに繋がる。地域の自治に関わることで、市民が力と自信を取り戻し、政治的な無力感が払しょくされていくのではないか、それは都市も地方も同じことではないかと思いました。

もちろん、世田谷区の事例の中でも「生活以上、コミュニティ未満」という表現もあり、コミュニティを運営しようとすると負担になるので、やりたい人がやれるところまで、をモットーとする市民グループの在り方も紹介されています。ほどよい距離感を保つことでご近所づきあいを気持ちよく継続できるし、初めての人の参加のハードルも下がることでしょう。

他に、空き地が発生したら高層ビル建設などの再開発をするのではなく緑地帯のまま保存した方が後世への価値となるという発言があり、世田谷区長が強い意志を持って緑地を守ろうとする姿勢がうかがえ、とても羨ましく思いました。 

グリーン・コミュニティの未来へ

ごーぶーさーたーです

短時間で文章が書けるようになりたい➡練習しろ➡ブログを書き始める➡それに膨大な時間をとられる➡なことやってる場合でない➡短時間で文章が書けるようになりたい➡練習しろ➡

 

確定申告の提出期限を前に上記ループが完全に断ち切られました。

 

実は140文字でどれだけ表現できるか、の練習用に始めたX(Twitter)ですらサクっと投稿できない。そんな自分にイライラする。文章の才能ないんだからもう諦めるのだ。SNSなどやっていない人の方が幸せそうだし。

 

そう思いつつも、Xを開くと流れ込む争いや争いや争いや、それらへのいくつもの意見、いくつものイベント、いくつもの反対運動。これを見なかったことにしていいのか?これを知らなかったことにしていいのか?

気持ちがうわずるのを感じつつもついつい目で追ってしまう。そしていちいち怒ったり、悲しくなったり。最終的には疲れて、今度はインスタへ。


インスタのタイムラインは素敵なもので埋まっている。鮮やかなもの、ロマンチックなもの、ユーモアがあるもの、かわいらしいもの。エシカル系や植物系もたくさん。すてき、すてき、と見ているうちに、なんてこの世は才能のある人が溢れているんだろう!(それに比べて自分には何の才能もない・・)という自己否定が発動される。

まあFBも同様だけど。FBは基本的にお会いしたことのある友人たちの投稿しか流れてこないからギョッとするようなものは無いのだけど、みんなの活躍を祝福できるかどうかは自分の体調にかかっている。

そして無駄に時間が費やされていく。あ、最近は、時間が溶けていく、と言うらしい。ぴったりの表現だ。

SNSでしか繋がっていない人がいるので一挙にやめる決心はつかないのだけど、別々に使い分けるのも面倒だなぁと思い始めた。

インスタからFBに反映させる、というのが流行りの使い方らしいが、インスタに投稿するときとFBに投稿するときでは言葉づかいが変わってしまう。そんな自分に驚く。

一周回ってブログに集約しようと思い始めているんだけどどうだろう?
試しにたまっている話題をリスト化する

糖質制限その後
ガーデニング

・へちま

・量り売り

・ヤノマミ

・ウィトト族
・守谷食品リサイクル工場(堆肥化)見学
不耕起栽培講座


たくさんありますね。
制限時間内に書く、というルールを作ればいいのかな・・

続・糖質制限ダイエット

最初の1週間が過ぎました。結果はマイナス1.5Kg。
でも前回の投稿で考えている通り、そのほとんどは水分でしょう。

内臓脂肪が減り始めるのは今週からだと考えています。甘いものと炭水化物を控えているだけで、食事は3回にわけてとるようにしているので空腹感はありません。

今回までほとんどダイエットに真面目に取り組んだことがなかったので、その分、知識と経験という意味でどんどん面白くなってきました。

わたしの食生活の考え方のベースは、30代前半に学んでいたマクロビです。
理論派の先生で、かつ社会的で実用的であることを重んじていたので、最終的には、肉食を毛嫌いするよりも家族と同じものを楽しく食べる方を選択する方がよいという話で終わったりしました。
技術が身についたりディプロマが取れたりはしませんでしたが、この先生で良かったと思っています。


わたしの中に残った学びは、重要なのは中庸を目指すこと。なぜならそれが身体の負担が少ないから。同時に精神も安定するから。でした。

そこには、ビタミンだとかタンパク質の量だとか、そういった話は出てこないわけです。なんとなく和食を中心とした陰陽のバランスを考えた食事をしていればOKだと思っていました。

その思考回路のなかでは、ファスティングとか糖質制限は違和感しかありません。
断食はわかるのです。でもファスティングは…断食中に白砂糖からできた酵素ジュースを飲むって血糖値やばないの?陰性に引っ張られすぎないの?です。
糖質制限に至っては、甘いものはダメだけど肉はOK。これは明らかに陽性食です。
どちらも陰陽バランスが極端でおかしい。


興味を持ち始めたのは、絶食中にビタミン、ミネラル、タンパク質を補給するタイプのファスティングの方法を教えてもらったこと。これは納得がいきました。
このやり方だと、絶食の前後の準備食と回復食に質の高い食事をとります。
「まごわやさしい」と呼ばれる良質なバランス食は、普通に食べて美味しく、精神的にも豊かな気持ちになれる食事です。
ま=まめ類、ご=ごま、わ=わかめ、や=やさい、さ=さかな、し=しいたけ、い=いも。(検索すると解説がたくさん出てきます)

ただ、日頃、加工食品を避け、国産の新鮮な野菜を選ぼうと思っているわたしがサプリを取り入れるのは少し抵抗があり(それが正しいかどうかわからない)。やってみたいけどモヤモヤしていました。

しかしこの「まごわやさしい」食事法を取り入れていたら、ある日をきっかけにすっとご飯を止められたのです。同じタイミングで友人に栄養管理アプリを紹介されたので、入力結果やAIからのアドバイスを基に糖質以外のバランスを整えていったことも良かったと思います。

バランス良く腹八分目、昔から言われてきた言葉であるものの、なかなか自制するのが難しいと思ってきました。それが、糖質制限を始めたら、腹八分目の心地よさが身体で理解できるようになった気がします。

現状の理解まとめ

・マクロビは陰陽で考え、バランスの良い食事=陰陽のバランスをとる=中庸を目指す


ファスティングは絶食することで胃腸を休めるという目的で行うもの
 絶食中に酵素ジュースで糖分を補うタイプと、サプリとプロティンでケトジェニックを目指すものとがある。

 

・体内の糖分が減ってくると、先に水分が減り、次に脂肪と筋肉が分解される。タンパク質を補わないと筋肉量が減ってしまうので要注意。

・タンパク質が多いのはやはり肉類。野菜の中では豆類。

・小松菜の鉄分はあなどれない

・地面の下で育つ野菜は糖質が多いと言われるが、白米を食べないのなら、むしろ根菜は腹持ちが良いので食べたほうがいい。さつまいもはダイエット食の定番。

・牛乳はタンパク質が多いけれど、飽和脂肪酸も多い。豆乳はタンパク質多め、味付きでないもの、銘柄を選ぶ。アーモンドミルクはビタミンEが多いけれど、砂糖入りのものが多いので気を付ける。オーツミルク飲むならオートミール食べた方が良い。食物繊維が多い。

・外食時はちゃんと選択さえすれば糖質制限してても問題ない。ただ、パスタや菓子パンなど手っ取り早く食べたいものは避けなくてはならないので、何を食べたらよいか、どこで食べたらよいかを事前に考えておく

他に思い出したら追記します。

糖質制限生活中の気づきをいくつか

何年か前に流行った糖質制限ダイエット。知り合いが何人もやっていて、実際痩せた人もいたのですが、お米大好きっ子の私はなんとなく敬遠しておりました。当時は、お米をしっかり食べた方が太らないと思っていたのです。

お米をしっかり食べた方が太らない。これはある意味正しい。しかし正確さに欠けます。端折らず書けば「お米をしっかり食べて、カロリーの高いおかずやおやつを食べ過ぎなければ太らない。」です。

 

コロナ前、自分のためにゆっくり料理する時間などなく、炊飯器が炊いてくれたお米が主食でした。毎日なんかしら仕事があったし、イベントの段取りやら準備やらで自宅にしても頭は忙しい。激暑なのにクーラーのある部屋で涼む暇などなかったし、仕事の合間にこっそり食べるアイスだけが癒しでした。そりゃ太らないでしょ。

そんな生活をしていたある日、起き上がれなくなりました。気がついたら丸1日寝ていた、そんな日が続きました。自己診断では慢性疲労症候群です。

 

あ、前書きが長くなってきたのでコロナ中のことは端折ります。そう、コロナ後の私はしっかり中年太りのおばさん体形となっていました。わかりますよね?

セルフイメージと現在の姿の乖離に違和感を感じていたところ、耳に入ってきたのがケトジェニック・ダイエット。つまり糖質制限ダイエットです。

年始からご飯の量を減らし「まごわやさしい」食生活を意識していたせいか、すんなりケトジェニック状態に入れました。「まごわやさしい」食生活についても書きたいのですが、これはまた後で。

糖質制限ダイエットについてはまだ継続中なので結論は無いのですが、忘れないうちに気づきだけ書いておきたいと思います。

・事前にご飯やパンの量を減らし、野菜や豆腐、脂身の少ない肉類などを中心とした食生活を取り入れていたので、糖質制限ダイエットを始めるのもすんなりスタートできた。

・始めて1日目は身体が軽いだけだったのが、2日目の夕方から少し頭痛と吐き気がして、お腹が空いているはずなのに食べられなくなった。調べたら、ケトジェニックに切り替わるタイミングで起こる生理現象(糖質由来のエネルギー切れ)のようだったので、水分をたくさんとり塩分とマルチビタミン系のサプリを飲んで少し休んでいたらその後、治った。(切り替わるのに必要な時間は個人差があるようです)

 

・今回、絶食してサプリに頼るのではなく、糖質をできるだけ抜いた食事は続けている。食べたものをアプリに入力して栄養バランスを整えている。

 

・1日目の夜ぐらいからトイレも多いし喉も乾く。水分はたっぷりとるようにしているが出ていく量も多い。あるサイトに、糖と水分が結びついているので糖が減っていくと水分が抜けていく、というようなことが書いてあったのでこれかもしれない。「水を飲んでも太るのよ」というフレーズがあるが、糖質太りしてたらその通りかも。塩分をとりすぎると浮腫む、というイメージだったのがひっくり返った。(個人的な体質として塩分好きだけど浮腫まないタイプだったので、イメージと現実とは違うなと感じていた)

 

・上記の理由から、ケトジェニック・ダイエットの初期はすぐ体重が減るが、水分が抜けていくだけなのかも?という疑惑あり。体脂肪計が無いまま始めたのは失敗。

・始めてから4日後に食事会があったが、ビュッフェだったので野菜を大量にたべ、赤身の牛ステーキを半分頂き(チキンとポークは味見程度)、デザートはフルーツとプチシュークリーム2つに抑えたので、みんなと楽しく過ごせた。

 

・アプリの栄養アドバイザーはなかなか厳しくて、塩分量と飽和脂肪量をいつもオーバーしてしまう。塩分と脂質を控えめにして必要なタンパク質をとるのムズイ。豆乳に頼っている。このために皆さんプロテイン飲むんだな。

 

・実は事前にプロテインと総合サプリを勧められたが、取り入れずに始めている。年齢的なことを考えたら身体への投資は必要なのかもしれないが、そのお勧めサプリが高額すぎることと、加工品を摂取することへの抵抗が抜けず、食生活の改善のみでスタートしてみた。

 

・今後の課題は、体脂肪は落としつつ「筋肉量は増やす」。軽やかに動ける身体を作りたい。

 

・現状、睡眠時間がやや短くなった気がする(もともと超ロングスリーパー

・やっぱりチョコザップに登録して体脂肪計もらおうかしら・・・?検討中

 

というところで経過報告でした。

アウトプット力をどこに使うか?

さて。アウトプット力を育てるために再開したブログですが、さっそくお休みしてしまいました。実は12月中からの宿題がなかなか終わらないのは、ブログに時間をかけすぎているせいだと気づき。。いや、さっくり毎日書け、という話なのですがマルチタスクができないタイプ。宿題を完遂させることに力を注いでおりました。

まあでもそれもアウトプットしていた、ということでイイと思うんですよね。行動=アウトプット。しかも文章を書く仕事だったし。問題はその後です。

ブログを書く習慣が途絶えてしまった。そしてあるプロジェクトのMTGに参加し始めたので、そちらが頭を占めてしまう。しかし、打ち合わせやらデザインなどの方にアウトプット力を使うために、ブログはご無沙汰になってしまう。

もちろん、それでもいいんです。限られたアウトプット力を必要なところに使うのは。
でも、アウトプット力を増やしたかったんじゃないかい?
言語化能力を育てたかったんじゃないかい?
ということを思い出し。
それもなぜか寝起きの頭に浮かんできたので、即PCを開いてみました。

ちょうど今無職だし。
きっと、あ、早く起きて会社行かなきゃ、今日はあれやってこれやってとか頭の中が忙しくなると、自分の頭に浮かんだ言葉など蹴散らかして世間のために動いてしまう。

ずーっとそういう人間だったから、語るべき言葉などひとつも持たずに来てしまった。それを反省してのブログ再開でしょ?
無職のうちにやっとくべきじゃない?

ということで、アウトプット力をどこに使うか?というタイトルですが、どこに使ってもいいが増大させていくことにもっと意識的になろうよ、という結論で終わります。タイトルこのままでいいかな?

実存的貧困とは何か?

面白い投稿をみつけた。わたしもまさしくそう思っていたから。

somethingorange.jp

会社員はボーナスをつぎ込み、実家が裕福な人は親から巻き上げて、ない人は身体を張って稼ぐらしいのだが。

そんな桁数のお金とは無縁なので想像がつかない。
そんな大金をじゃぶじゃぶ払いたくなる、払わせられるのに縁を切れない理由は何だろう。

 

その理由を前掲の投稿では「実存的貧困」としている。

これまで「絶対的貧困」と「相対的貧困」という言葉は聞いたことがあるが、「実存的貧困」という言葉は初めて聞く。

だが、その言葉を知ってなんだか腑に落ちた。

筆者のいう「実存的貧困」を正しく捉えられているかどうかは自信が無いが、

ホス狂いにハマってしまった女性たちの、彼女たちが希求している愛情や人間関係の欠落、それに至るまでの人生の偏位、判断力を失ってしまった状態、およびその異常な精神状態に気づき保護する存在の不足。。

コメント欄に、安易に貧困という言葉を使うな、紛らわしいというような書き込みが複数あるけれど、貧困をWeb辞書で検索すると「大切なものが欠けていること」の意味もあるので、適切な人間関係を持てていないことも「貧困」と言えるだろう。

dictionary.goo.ne.jp

こう考えると、お金を巻き上げる方も巻き上げられる方も、同等に精神的貧困状態であるのでないかと思う。そしてその貧困は、当事者の個人的問題以前に、社会が生み出したものであろう。

※今回もAIちゃんにタイトルをつけてもらいました。

『映画〇月〇日、区長になる女』

 

実家での用事をスケジュール通りに終わらせて東京に戻ってくれば夜の上映に間に合う。そう読んで前日にチケットを購入しておいた。火曜、木曜はサービスデー価格で観られるので、また満席になってしまう可能性がある。

日中のバタバタ(前投稿)のせいで焦ったけれど、どうにか間に合って、1階のホールみたいなカフェで腹ごしらえする余裕まであった。キーマカレー美味しかった!お勧めです。

映画の感想はXで呟いた通りだけど、他に地元民としては見慣れた風景や知っている方々が映っているのも嬉しいし、また、被写体である岸本さんや監督のペヤンヌマキさんが嘘偽りのない素の姿をさらけ出しているもの面白い。

当時から思っていたけれど、候補者がいないまま「住民思いの杉並区長をつくる会」というグループが立ち上がるのがすごくないですか? 区民が区長を選ぶ、その手前にある、区民が候補者を選ぶ、その想いが尊いと思う。 

 

そしてその願いに引き寄せられたかのように現れる岸本さんだが、彼女には彼女の人間的背景があり意思がある。暮らしてきた環境の違い、経験の違い、世代の違い。そこに人対人の葛藤が生まれる。でも操り人形ではない人だから皆が魅力を感じている。

決して綺麗事だけではない様子をカメラは映し出していく。もしかしたら短期決戦だから勝てたのかもしれないなぁなどと思う。

 

選挙事務所を取り仕切る若手~70代のサポーターたちのみならず、応援に駆け付ける90歳のおばあちゃんの笑顔に希望があふれている。とてもまぶしい。

女性の政治家であれば誰もかれも信頼できるかと言えば、残念ながらそうは言えない。女性の政治家が増えていく中で、旧来の枠組みに迎合してのし上がっていこうとする人、女性という皮を利用している/されている人もいるのだということが露見してきた。ただ女性議員が増えればいい、という単純な話ではないと思っている。


この映画で見られるのは、開かれた対話のなかで生まれる政治、住民の暮らしの中からうまれる政治への希望である。多数決で勝ったから民主主義なのではない。

杉並区は23区の中でも6番目に大きな区だという。なんでも区長の思い通りに動くわけでない。あれが出来てない、これが出来てないという揚げ足をとったり、ヤジをとばしたりしているのは、それは独り言もしくは恫喝であって、わたしは対話という言葉を知りません、という名札を付けているのに等しいと思う。もしくは内心ビビっているのを知られたくないか。


今の杉並には、もっと議会を傍聴しよう、という動きがある。ペヤンヌ監督の続編にならないだろうか。

▼ドキュメンタリーがさらに面白くなる!これを見てから映画、がお勧めです。

youtu.be

 

youtu.be